マリココログ

猜疑心と信頼の間で生きてます。申し訳ございませんが、あなたの為になる記事は恐らくありません。心のこと、音楽、ファッション、アート、旅、アニメ、映画、本、記録&アウトプット雑記ブログ

この世の全ての人々の為に 僕は涙を流していられない


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もーほんとにほんとにここ何ヶ月もワイドショーコロナの事しかしてないけど、今までは
凶悪残忍な殺人事件の特集を丁寧に人間関係の相関図作ってまでやったり、「ムシャクシャしてやった」系の犯人の人物像、過去を掘り下げたり、詐欺グループの手口、再現VTR作って特集したり、ショッキングな事故の原因をあれやこれや言い合ったり、芸能人のスキャンダルいつまでも特集組んだりしてたのに、今はそれが全然無い。

 

じゃあ今世の中から
凶悪残忍な殺人事件や
詐欺や悲惨な事故が起きてないんかって言われたら、絶対そんなことはなくて、悲しいことに毎日誰かが誰かを殺しているだろうし、騙しているだろうし、悲惨な事故も起きてるし、スキャンダルもそらあるだろう。
芸能人のスキャンダルは、もう現場抑えててるネタストックもあるだろうし。

 

でも報道が減っただけで そういう事は今は起こってないかのように錯覚してしまう。

こんな簡単な事で人間の「現実」は変わるんだもんなー。

 

ちょろいったらありゃしないね。

 

マネキンに着せてる商品が売れ行き良すぎて在庫減った時に、別の商品着せたら次はそっちが売れ出すのと似た現象。(私は昼間アパレル販売です)


人間の心はとても複雑に入り組んでいて、そして心や信念、思想はその人自身のものであり、他人は介入できない領域な気もするけど、こんくらいちょろいって側面もある。

「これに注目してくださーい!」ってしたら、すぐに誘導できちゃう。

 

このちょろさ、良いふうにも悪いふうにも使えるな~って思う。

 

私は自分の事で言うと、悲惨なニュース見ると「ほらやっぱり世界は、人生は、絶望だらけじゃんか」ってなるから、悲惨なニュースは入れない方が 自分の世界、現実は安心した場所として認識しとけるから、そっちの方が合ってる。から今のコロナ報道まみれは言い方悪いかもだけどありがたい。


世間知らず、世の中で世界で起こってる悲しい事恐ろしい事を知っとけと言われてもね。

かといって脳内お花畑にもなりたくないんだけど。

※テレビあまり見ないから、他のニュースもバンバンやってるし!!とかならごめんなさい。私もちょろい分の1なんです。

 

世界を変えられない、行動も起こさない、そんな自分の無力さ無知さ身勝手さに嫌悪感を抱いたり、打ちのめされたりしながら、それでもまずは自分を、自分の周りを平和にすること。
私にはそれしかできない。
いや、きっとそれすらもできずに人生が終わるかもしれない。

 

政治、国際問題、環境問題、人権問題、、、

 

1人の力は偉大で、1人の力が集まって大きなものになって、大きく変えられることたくさんあると思う。というか、そうやっていろんな革命は起こってきた。

 

でも私は、大きなものを変える為に、世界や世間で何が起こってるのかって大きなものを見すぎて、それに時間やエネルギー費やしすぎて、自分の中で何が起こってるのかに気づかずに過ごしたくないなぁ。って思ってる。

 

自分の内側の(外見もだけど)、小さな小さな変化、バランス、自分の考えがどこからやってきたのかなどなど。。。。(谷崎テトラさんが言ってたスーパーパワーワード)

 

余計なお世話だけど、国際問題とか政治的な事とか、陰謀論とか、歴史の改ざんとか天皇家のなんちゃらとか、自分で本当に事実か確かめられない&確かめていない事の発信が強めの人って、自分の内側置いてけぼりな印象。

正義感強いんだと思うんだけどね。

人間に絶望してるのもわかるけど。

 

あんまりふわふわしたこと言いたくないけど、
そんな絶望まみれの世界でも、今日生かされてて生きていけてること、
嬉しい、楽しい、美味しい、悲しい、寂しい、ムカつく、愛おしい、などなどのあらゆる感情。


確かめようのない情報よりも これが何より真実なんじゃ?って思ったり。

※確かめること、伝える事に命かけて現場に行くジャーナリストは本当にすごいって思ってます。


またまた収集つかなくなりそうなので、私の言いたいことが
ギュッ!!!!と詰まった曲を紹介しときます。

 


真心ブラザーズ - 突風

 

特別真心ファンではありませんが(この曲とサマーヌードくらいしか知らない)この曲はめっちゃ好きで何回も聴いてる。

 

ベースラインがとっても気持ちいい。

そして歌詞。

 

 

『突風』

作詞 桜井秀俊 倉持陽一

 

鼻から空気を吸い込むたびに

僕はありがたがったりしてられない

僕が思うのはごくごくわずかな事

君の事なんか全く考えない

右足一歩踏み出す度に

僕は嬉しがったりしてられない

 

もうこの冒頭部分だけで共感の嵐。

 

ふとした瞬間に、意識しなくても呼吸ができる、手が動かせるってすげぇ!!って思うけど、いつもいつもどんな瞬間もありがたがってはいられない。

 

この冒頭部分も大好きだけど、記事の内容に合ってるのは次の部分かな。

 

行きますよ!!

 

この世の全ての人々の為に

僕は涙を流していられない

今日も多くの人が死んでいくのだろう

病気、老衰、自殺、事故、殺されたりして

僕が知ってるのはごくごくわずかな事

知識は頭をスルーして捨てていくのさ

僕は僕の素晴らしき人生の為に

寝っ転がってテレビを見ている

 

 くぅーーーーーっっ!!!まさに!!!!まさにこれ!!!

ちょっと現代風にアレンジするなら(90年代の曲)、「寝っ転がってスマホを見ている」かな?!

 

さらに私的な内容にするなら

「寝っ転がってスマホでローランドのYoutubeを見ている」って感じ。笑

 

ほんとに、人生で知れることなんてこの世界の、宇宙のごくごくわずかな事でしかなくて、身体感覚を伴った体験はたくさんしたいけど、多くの知識を得たいがために【今この瞬間】をないがしろにしたくないな、でも無知すぎるのも罪ってかダメだよな。

 

みたいな感じで最近は過ごしてます。

 

では今回はこのへんで。